私たちが、若桜町氷ノ山を舞台に進めている“自然×メンタルヘルスケア”プロジェクト。
https://psychoro.org/?p=781
そこで主に用いられるセルフコンパッションについての紹介です。
セルフコンパッションとは、「自分への慈悲」や「自分への思いやり」などと訳されており、「相手の苦しみを理解し,それを和らげたいと強く願うこと」、またそのために起こす行動のことでした。
“セルフコンパッション”ってなに? (前編)
セルフ・コンパッションへのこんな疑問
さて,セルフ・コンパッションの話を聞くと,次のような疑問が出てきませんか?
「セルフ・コンパッションって,自分を弱くするみたいで気持ち悪い。自分を批判する方が,思いやるよりも頑張れることができるはずだ」
「セルフ・コンパッションって結局自分を甘やかすこと?」
こう感じた人は,次の“絆創膏の例”を読んでみて下さい。
肘を擦りむいたBさんとCさんがいたとします。Bさんは,「誰でも肘を擦りむくことはある。このままお風呂に入るとしみそうだなあ」と考え,部屋にあった防水の絆創膏を傷口に貼ってからお風呂に入りました。 Bさんは,絆創膏のおかげでリラックスしてお風呂に入ることができただけでなく,傷もすぐに治りました。
一方,自分に批判的なCさんは,「自分はいつも怪我ばっかりして情けない。お風呂に入ったらしみそうだけど,これくらいの傷で絆創膏なんか貼っていられない。」と考え,そのままお風呂に入りました。Cさんは,傷口を保護していなかったせいでお湯がしみ,痛みが気になってリラックスできませんでした。そればかりか,嫌になって途中でお風呂を出てしまいました。お風呂を出た後もイライラが続き,心配して声をかけてくれた家族に「だまれ」と言ってしまったのです。また,傷口にはばい菌が入ってしまったので,治りもBさんより遅くなってしまいました。
さあ,この絆創膏の例はどんなことを暗示しているでしょうか。自分にコンパッションを向けるBさんと,自分に批判的なCさんで,結果的に自分を弱くしてしまっていたのはどちらだと思いますか?
擦りむいた傷口に絆創膏を貼ってあげるのと同じように,自分の心が傷ついたり苦しんでいるときには自分に温かい態度を向けて傷口を修復し,次また頑張るエネルギーを与えてくれるのがセルフ・コンパッションです。
絆創膏を貼るという行為は,人によってはわずらわしさや抵抗を感じる行為かもしれません。そう考えると,自分にコンパッションを向けることは,決して甘えとは言えなさそうですね。むしろ,感情に左右されずに冷静に状況を判断し,失敗や苦痛を人間のありようの1つとして受け容れ,自分がより良い状態に近づくために行動を起こすという点では,勇気や忍耐力が必要な営みです。
もし仮に,自己批判することでより一層の努力をして,より良いパフォーマンスを発揮できた(ように見えた)としても,その代償として頭痛や腹痛,イライラ,睡眠不足,疲労感,人間関係のストレスなど,さまざまな副作用がその人に生じるでしょう。自己批判という名の燃料は一見してたくましく見えますが,実際は補充に補充を重ねても,すぐに足りなくなって,次第にエンジンを傷つけてしまう,難しい代物です。
セルフ・コンパッションと自然はどう関係があるの?
自分が草原であお向きに寝転んでいるところを想像してみて下さい。草が風でなびき・・,鳥がさえずっているのが聞こえます。ほっぺたには風が触れる感覚,背中には,草や土の感触があるかもしれません。
「いろんなことを頭で考えている状態」から,「今,この瞬間の感覚をただ味わう状態」にシフトすると,普段気がつかないことに気づくことがあります。もしかしたら,こめかみや眉間のあたりがとっても緊張していることに気づいて,いつも頑張ってくれている自分の身体への感謝が芽生えるかもしれません。あるいは,寝転んでいる自分を大地が支えてくれていることに気づいて,自然への感謝が芽生えたり,人間も地球の生命体の一部であることを実感するかもしれません。
そうすると,ひょっこりコンパッションが出てくるときがあります。こめかみや眉間がとっても緊張するほど頑張っていた自分をねぎらう気持ち・・・,自分を支えてくれている地球の環境がどうか保たれて欲しいと願う気持ち・・・。自然は,コンパッションに必要な気づきや想像力を与えてくれるガイドのような存在にもなります。
精神疾患になぜ効くの?
セルフ・コンパッションは,自分を否定する考えや感情で辛くなっている時に効果を発揮します。
例えば, “自分はダメだ!” “自分のせいだ・・。” “みんな自分を否定するだろう。” “こんなこと,誰にも知られたくない・・。” “みんなの前でさらし者にされた” など・・。
そして「自分を否定する考えや感情」は,多くの精神疾患に共通してみられる症状でもあります。
それどころか,病気を長引かせている張本人だったりするときもあるようです。
そういうわけで,セルフ・コンパッションはいろいろな精神疾患の症状の改善に役立つと考えられているのです。(しかし,まだまだ研究途上の分野です)。
ちなみに,“心地よくなる”というのも,セルフ・コンパッションの特徴です。
心地よくなる!?
そうなんです。 セルフ・コンパッションやコンパッションを高めるトレーニングをすると,嫌な気分が軽くなるだけではなく,「満たされている感覚(幸福感)」や「人とつながっている感覚」に気づけるようになることがいろいろな研究で分かってきました。
興味を持った方は,ぜひ「セルフ・コンパッション」や「コンパッション」,「慈悲の瞑想」といったキーワードで調べてみて下さいね。
ただし,セルフ・コンパッションは「万能薬」ではないことに注意してください!
自分の中のコンパッションを呼び起こそうとする中で,ココロやカラダが強い拒否反応を示すこともあるかもしれません。現在,主治医がいる方は,必ず相談の上で実践をはじめてみてください。
最後に・・・
セルフ・コンパッションはあくまでも「人間のありようの1つ」に過ぎません。もちろん,セルフ・コンパッションをいつも発揮できていれば,それに越したことはないのかも,とも思います。
しかし,自分を責めやすい性質も,辛いことを避けたくなる性質も,もしかすると大切なその人の一部分かもしれません。もしそんな自分を否定して,必死にセルフ・コンパッションを身につけようとしている人がいたら本末転倒です。
また,セルフ・コンパッションが日本でブームになったとして,ことさらに「自分に優しくあれ」というメッセージを押し付けてくる社会になったとしたら,いかがですか?・・そんな不寛容な社会はありませんよね。 セルフ・コンパッションとは,「いつもこうであれ」というものではないことに注意してほしいと思います。
参考文献:
有光興記(2014) セルフ・コンパッション尺度日本語版の作成と信頼性,妥当性の検討 心理学研究, 85, 50-59.
伊藤義徳 (2010) 自己への慈しみ self-compassion.心理学ワールドvol.50, 13-16.
Gilbert, P. (2009) The Compassionate Mind. New Harbinger Publications.