作:橙野ユキオ
※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら
・就職活動本格化
職業訓練所での生活はとても楽しく、学生に戻ったかのようだった。クラスメイトの年齢がバラバラだったので、自分とクラスメイトを比べて劣等感を感じることが無かった分だけ、実際の学生生活より楽しかったと思う。
みんないい人だけど、みんなどこかに社会人として致命的な欠点を持っていた。そんな環境では自分を客観視する機会が多かった。自分は周りの人に恵まれていて、良い影響を受けてきたのだなと思った。
半年間の訓練期間も後半に差し掛かると、みんなが段々と就職活動を本格化し始める。僕は職業訓練所に通うことで初めて知ったのだが、訓練期間を最後まで修了することは稀らしい。訓練生の目的は就職することなので、就職の決まった人から次々に早期修了していくのだ。クラスの人数が減ってくると、残された生徒は焦りを感じ始める。
僕は電気の勉強をするために入学したので、早期に就職をする予定は無かった。しかし、何も目標が無いと勉強のモチベーションを保てなかったので、資格を取得することにした。訓練所の先生が生徒に薦めていた資格は「電気工事士」と「消防設備士」だったので、修了までにこの二つの資格を受験することを決めた。トヨ君も電気工事の会社に就職することを目指していたので、二人で教え合ったりして毎日勉強していた。
シーリーは天然ボケなところがあって、授業中にボーっとしていることが多かった。やりたい仕事や夢があるわけでもなく、毎日、「みんなは凄いなぁ。」と言っていた。目標が無くてもとりあえず真面目に勉強するタイプなのかなと思ったけど、ちょくちょく早退していたので、そうでもないんだなと思った。彼は最後までよくわからない人だった。
電気設備科に入学したとしても、全員が必ずしも電気関係の会社に就職するわけではなかった。澤ちゃんはそんな人たちの一人で、最初から電気にあまり興味はなさそうだった。彼は調理師免許を持っていて、前職は企業の食堂で働いていた。自分の可能性を広げたくて、他分野の勉強をしようと思い、この学校に来たらしい。しかし、電気は彼にとって仕事にしようと思うほど魅力的ではなかったようだ。
彼のような理由で職業訓練所に入ってきた人は彼以外にも結構いた。未経験で就職するよりは学校で基礎を学んでいる方が就職しやすいらしい。だがそのまま電気の世界に飛び込んで仕事をする人は少なかった。僕とは違って多くの人が家庭を持っていて、家族のために再就職をしようとすると、前職と同じような仕事になってしまうようだ。
・それぞれの道へ
電気の勉強が得意な人と得意ではない人といたけど、就職できるかどうかには関係なかったように思う。それよりも、素直であったり、真面目であったり、人柄のいい人が再就職していった。電気のことはすごくよく理解しているのに、小規模事業所を見下していたり、経歴の高さがプライドとなって素直になれないクラスメイトのおじさんを見ていると悲しい気持ちになった。
そんな中、僕とトヨ君を含めた何人かが電気工事士の試験に合格した。それから就職活動を始めて、早々に就職先が決まったトヨ君は、修了の二か月前に早期修了して訓練所を後にした。電気工事士として新たなスタートを切った。その年の電気設備科での早期修了第一号だったので、クラスのみんなで「おめでとう!」と祝福した。あれ以来、トヨ君には会っていないけど、今でも元気に仕事をしていると思う。
次に僕の就職先が決まった。父の会社の取引先で、業種も同じ電気関係の製造業の会社だ。病気のことも全て伝えたうえで、「うちで数年頑張ってみるか?」と社長さんから声をかけていただいたので凄く嬉しかった。「お願いします。」と返事をした。いわば、電気屋としての修業期間が始まったわけだ。やる気と不安で電話を持つ手が震えたのを覚えている。
シーリーは結局最後まで就職先を見つけられなかった。彼がどうしたいのかがわからないので、先生たちも彼のサポートに苦戦していた。また別の課に入り直そうかとか言っていたので、就職しないまま修了したのかもしれない。仕事のことはともかく、今でも元気でいてほしいなと思う。
澤ちゃんの行動にはみんなが度肝を抜かれた。彼は訓練期間終了の三か月前、付き合って半年の彼女と、できちゃった結婚をした。すぐにお金をたくさん稼がなくてはいけないという理由で、銀行から借金をして飲食店を開業することにしたという話を聞いたときは、僕もトヨ君も椅子から転げ落ちそうになった。それぐらいびっくりした。市内で定食屋を夫婦でやる、物件ももう決めてきたと言っていた。彼はともかく、彼の家族はこれからどうなってしまうのだろうか。僕はとても心配だった。
こんな風にして僕の第二の学生生活は終わった。六か月のコースだったけど、実際は五か月くらいの生活だった。本当にあっという間だった。病気のこともすっかり忘れていた。発作も一回も起きなかった。友達や先生など、たくさんの人にお世話になった。
・おまけ
初出勤の日まで何日かあったので、僕は一度、澤ちゃんの定食屋にご飯を食べに行った。市内の喫茶店だったところを改装して、「さわや」という定食屋がオープンしていた。お店を実際に見るまで「もしかしたら全部ウソなんじゃないか」という気持ちがあった。お店の前に立って、「本当にオープンしたんだ・・・」と少し感心した。
中に入ると澤ちゃんと澤ちゃんの奥さんが働いていて、僕が来たことを喜んでくれた。一番お勧めのしょうが焼き定食を頼んで食べた。とても美味しかったが、ご飯のおかわりが150円かかることが気になった。なんとなくだけど、流行らなそうな気がしてしまった。とても美味しかったけど。
二か月後に店の前を通ると、「さわや」は空き店舗になっていた。気になってメールをしたが、メールの返信は今も無い。澤ちゃんは今頃、どこで何をしているんだろう。
澤ちゃんのことは気になりつつも、僕は新しい環境での新しい仕事に集中していった。
※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら
・就職活動本格化
職業訓練所での生活はとても楽しく、学生に戻ったかのようだった。クラスメイトの年齢がバラバラだったので、自分とクラスメイトを比べて劣等感を感じることが無かった分だけ、実際の学生生活より楽しかったと思う。
みんないい人だけど、みんなどこかに社会人として致命的な欠点を持っていた。そんな環境では自分を客観視する機会が多かった。自分は周りの人に恵まれていて、良い影響を受けてきたのだなと思った。
半年間の訓練期間も後半に差し掛かると、みんなが段々と就職活動を本格化し始める。僕は職業訓練所に通うことで初めて知ったのだが、訓練期間を最後まで修了することは稀らしい。訓練生の目的は就職することなので、就職の決まった人から次々に早期修了していくのだ。クラスの人数が減ってくると、残された生徒は焦りを感じ始める。
僕は電気の勉強をするために入学したので、早期に就職をする予定は無かった。しかし、何も目標が無いと勉強のモチベーションを保てなかったので、資格を取得することにした。訓練所の先生が生徒に薦めていた資格は「電気工事士」と「消防設備士」だったので、修了までにこの二つの資格を受験することを決めた。トヨ君も電気工事の会社に就職することを目指していたので、二人で教え合ったりして毎日勉強していた。
シーリーは天然ボケなところがあって、授業中にボーっとしていることが多かった。やりたい仕事や夢があるわけでもなく、毎日、「みんなは凄いなぁ。」と言っていた。目標が無くてもとりあえず真面目に勉強するタイプなのかなと思ったけど、ちょくちょく早退していたので、そうでもないんだなと思った。彼は最後までよくわからない人だった。
電気設備科に入学したとしても、全員が必ずしも電気関係の会社に就職するわけではなかった。澤ちゃんはそんな人たちの一人で、最初から電気にあまり興味はなさそうだった。彼は調理師免許を持っていて、前職は企業の食堂で働いていた。自分の可能性を広げたくて、他分野の勉強をしようと思い、この学校に来たらしい。しかし、電気は彼にとって仕事にしようと思うほど魅力的ではなかったようだ。
彼のような理由で職業訓練所に入ってきた人は彼以外にも結構いた。未経験で就職するよりは学校で基礎を学んでいる方が就職しやすいらしい。だがそのまま電気の世界に飛び込んで仕事をする人は少なかった。僕とは違って多くの人が家庭を持っていて、家族のために再就職をしようとすると、前職と同じような仕事になってしまうようだ。
・それぞれの道へ
電気の勉強が得意な人と得意ではない人といたけど、就職できるかどうかには関係なかったように思う。それよりも、素直であったり、真面目であったり、人柄のいい人が再就職していった。電気のことはすごくよく理解しているのに、小規模事業所を見下していたり、経歴の高さがプライドとなって素直になれないクラスメイトのおじさんを見ていると悲しい気持ちになった。
そんな中、僕とトヨ君を含めた何人かが電気工事士の試験に合格した。それから就職活動を始めて、早々に就職先が決まったトヨ君は、修了の二か月前に早期修了して訓練所を後にした。電気工事士として新たなスタートを切った。その年の電気設備科での早期修了第一号だったので、クラスのみんなで「おめでとう!」と祝福した。あれ以来、トヨ君には会っていないけど、今でも元気に仕事をしていると思う。
次に僕の就職先が決まった。父の会社の取引先で、業種も同じ電気関係の製造業の会社だ。病気のことも全て伝えたうえで、「うちで数年頑張ってみるか?」と社長さんから声をかけていただいたので凄く嬉しかった。「お願いします。」と返事をした。いわば、電気屋としての修業期間が始まったわけだ。やる気と不安で電話を持つ手が震えたのを覚えている。
シーリーは結局最後まで就職先を見つけられなかった。彼がどうしたいのかがわからないので、先生たちも彼のサポートに苦戦していた。また別の課に入り直そうかとか言っていたので、就職しないまま修了したのかもしれない。仕事のことはともかく、今でも元気でいてほしいなと思う。
澤ちゃんの行動にはみんなが度肝を抜かれた。彼は訓練期間終了の三か月前、付き合って半年の彼女と、できちゃった結婚をした。すぐにお金をたくさん稼がなくてはいけないという理由で、銀行から借金をして飲食店を開業することにしたという話を聞いたときは、僕もトヨ君も椅子から転げ落ちそうになった。それぐらいびっくりした。市内で定食屋を夫婦でやる、物件ももう決めてきたと言っていた。彼はともかく、彼の家族はこれからどうなってしまうのだろうか。僕はとても心配だった。
こんな風にして僕の第二の学生生活は終わった。六か月のコースだったけど、実際は五か月くらいの生活だった。本当にあっという間だった。病気のこともすっかり忘れていた。発作も一回も起きなかった。友達や先生など、たくさんの人にお世話になった。
・おまけ
初出勤の日まで何日かあったので、僕は一度、澤ちゃんの定食屋にご飯を食べに行った。市内の喫茶店だったところを改装して、「さわや」という定食屋がオープンしていた。お店を実際に見るまで「もしかしたら全部ウソなんじゃないか」という気持ちがあった。お店の前に立って、「本当にオープンしたんだ・・・」と少し感心した。
中に入ると澤ちゃんと澤ちゃんの奥さんが働いていて、僕が来たことを喜んでくれた。一番お勧めのしょうが焼き定食を頼んで食べた。とても美味しかったが、ご飯のおかわりが150円かかることが気になった。なんとなくだけど、流行らなそうな気がしてしまった。とても美味しかったけど。
二か月後に店の前を通ると、「さわや」は空き店舗になっていた。気になってメールをしたが、メールの返信は今も無い。澤ちゃんは今頃、どこで何をしているんだろう。
澤ちゃんのことは気になりつつも、僕は新しい環境での新しい仕事に集中していった。