作:橙野ユキオ
※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら
・交錯する僕と俺
「いけ!!いけ!!!いけぇーーーー!!!!」
久しぶりのパニック状態に、あいつはまた現れた。
「もう誰も俺の邪魔は出来ねぇ!!今日はやってやる!!やってやるぞぉ!!!!」
僕の目もあいつの眼も血走っていた。頭はボーーっとしてるのに、テンションだけがどんどん上がっていく。
涙が溢れて止まらない。呼吸が荒く浅くなり、色々な場面が頭の中に浮かぶ。
「殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!」
大好きなたこ焼き。当時熱中していたテレビゲーム。由美とのセックス。
日常だ。浮かんでくる場面はあまりにも日常。僕が人生の最後に考えたいのはこんなことなのか。
「後悔させてやる!俺を苦しめた世界の全てを後悔させてやる!!」
無意味。無価値。自分はもっと何かを成す人間だと思っていたのに。
ああ。終わる。終わってしまう。
「お前らのせいだ!お前らのせいで俺は死ぬんだぁぁぁ!!!」
・・・・・
風呂に入ることが目的じゃないのに、僕は風呂場で服を脱いでいた。何故かはわからない。全裸に包丁。たぶんひどく疲れた顔をしていたと思う。
湯船に湯を張るために蛇口をひねる。温まる為じゃない。傷口の血が止まらずに失血死する為だ。傷口が乾いたら血が止まってしまう。
風呂場に膝をつき、右手で包丁を構える。狙うは左手首。縦に突き刺すように刺さねばならない。手首を横に切っても腱が邪魔して傷は深くならない。死ぬつもりなら腱の隙間を狙って縦に刃物を突き刺さねばならないと学生時代に小説で読んだ。
手が震える。狙いが定まらない。くそっ!くそっ!!
「凄いことになる!凄いことになるぞ!!俺たちは伝説になる!!」
うううううう。悲しい。悲しいよぉぉぉ。おかぁさぁん。
「ここでやらなけりゃ今までと何も変わらない!お前は出来る!!やるんだぁ!!」
うううういいいいいい。嫌だぁ。嫌だよぉ・・・・。
「やるんだよ!おまえはやるんだ!!」
痛いの嫌だよ。痛いの嫌だよぉぉぉぉ。ああああああ。嫌だぁぁぁぁぁ。
「やれえぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ああああああああああああああああ。
僕は風呂場でうずくまって震えてばかりだった。
・・・・・・・・・
気が付くと僕は風呂場で倒れていた。体は何ともない。どうやら寝ていたようだ。
パニック障害の発作が起きた時と同じように、痙攣することに体が疲れて寝てしまったんだろう。涙は止まらないがとりあえず服を着るため外に出た。
パニック野郎の声はもうしなかった。諦めたのか、少し休憩しているだけなのか。とにかく頭の中は静かになっていた。
体が無茶苦茶疲れていたので、僕はベッドで泥のように眠った。
・建築の世界との別れ
翌朝はまだ薄暗いうちに目を覚ました。
僕は少し放心状態で、しばらくベッドに座っていた。昨日何があったのかよく覚えていない。
カレンダーを見ると今日は土曜日だ。明日は休み。本来なら一番テンションの上がる一日だ。
しかし、アパートを出ないといけない時間になっても現場に行く気にならない。ズル休みとも違う。何だこの感覚は?
「結局、何も変わらなかったな。」
パニック野郎が突然話しかけてきた。
「もっと出来る奴だと思ってたけどなぁ。お前は死ぬ根性もねえのか。」
その瞬間に昨日の出来事が洪水のように頭の中に押し寄せてきた。昼間の所長とのやり取り、やけ食い、そして包丁を持って風呂場へ・・・
あああああ。怖い。怖い。僕は昨日、生まれて初めて死のうとしていた・・・。
「死ぬ根性もねえのか。」
そうか・・・僕は・・・死ぬことすらできなかったんだ・・・。
目の前の景色がゆっくりと色を失っていった。灰色っぽくなり、やがて黒ずんでいく。
どのくらい時間が経ったのだろうか。アパートの呼び鈴が鳴った。
「ああ、多分、北島さんだ。・・・そうか、今日は現場に行かないと・・・・」
玄関のドア越しに声が聞こえる。
「おーーーい。橙野ーーー。朝やぞーー。お前が遅刻なんて珍しいやんけ。」
「おはようございます。北島さ・・・・・ううっ・・・ううううっっっ・・・・ああああ・・・すいません。すいません。助けてください。今日は行けませんんんん。ああああああ・・・・・もうだめですうううう・・・・・」
自分でも何を喋っているかわからなかった。ただ、北島さんはおおよその事態を察したようで、
「わかった、わかった。とりあえず今日のところはミノルさんには俺から言うとくから。大事にな。月曜日は自分で電話せえよ。な?」
「はいいい。わがりまじだぁ・・・。」
それから一日中、カーテンを閉め切った部屋で落ち込んでいた。
とうとう二回目をやってしまった。会社にも愛想を尽かされるだろう。おわった。
僕は・・・何でこんなに出来ないんだ。いったい何ができるんだ?親に大学まで出してもらったのに、社会のゴミなんじゃないか?生きてる意味あるのか?しかし自分では・・・
「死ぬ根性もねえのか。」
あああ。言わないでぇ。突き付けないでぇ。自分がダメなのはわかってるからぁ。
死にたい。死ねない。助けて。誰か助けて!地獄だ。生きるのは地獄だ。
自分が閉じていくのを感じた。
日曜日の夕方になって両親に電話をした。たぶん助けてほしかったのだと思うけどよく覚えていない。ただ、自分の息子が横浜でヤバい状態だというのは親に伝わったらしい。
僕はまた休職することが決まり、今回は鳥取に強制送還されることになった。一人にしてると何をするかわからないからだ。
僕はここから長く暗い時間を鳥取で過ごすことになる。僕の現場監督としての人生はここで終わった。
※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら
・交錯する僕と俺
「いけ!!いけ!!!いけぇーーーー!!!!」
久しぶりのパニック状態に、あいつはまた現れた。
「もう誰も俺の邪魔は出来ねぇ!!今日はやってやる!!やってやるぞぉ!!!!」
僕の目もあいつの眼も血走っていた。頭はボーーっとしてるのに、テンションだけがどんどん上がっていく。
涙が溢れて止まらない。呼吸が荒く浅くなり、色々な場面が頭の中に浮かぶ。
「殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!」
大好きなたこ焼き。当時熱中していたテレビゲーム。由美とのセックス。
日常だ。浮かんでくる場面はあまりにも日常。僕が人生の最後に考えたいのはこんなことなのか。
「後悔させてやる!俺を苦しめた世界の全てを後悔させてやる!!」
無意味。無価値。自分はもっと何かを成す人間だと思っていたのに。
ああ。終わる。終わってしまう。
「お前らのせいだ!お前らのせいで俺は死ぬんだぁぁぁ!!!」
・・・・・
風呂に入ることが目的じゃないのに、僕は風呂場で服を脱いでいた。何故かはわからない。全裸に包丁。たぶんひどく疲れた顔をしていたと思う。
湯船に湯を張るために蛇口をひねる。温まる為じゃない。傷口の血が止まらずに失血死する為だ。傷口が乾いたら血が止まってしまう。
風呂場に膝をつき、右手で包丁を構える。狙うは左手首。縦に突き刺すように刺さねばならない。手首を横に切っても腱が邪魔して傷は深くならない。死ぬつもりなら腱の隙間を狙って縦に刃物を突き刺さねばならないと学生時代に小説で読んだ。
手が震える。狙いが定まらない。くそっ!くそっ!!
「凄いことになる!凄いことになるぞ!!俺たちは伝説になる!!」
うううううう。悲しい。悲しいよぉぉぉ。おかぁさぁん。
「ここでやらなけりゃ今までと何も変わらない!お前は出来る!!やるんだぁ!!」
うううういいいいいい。嫌だぁ。嫌だよぉ・・・・。
「やるんだよ!おまえはやるんだ!!」
痛いの嫌だよ。痛いの嫌だよぉぉぉぉ。ああああああ。嫌だぁぁぁぁぁ。
「やれえぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ああああああああああああああああ。
僕は風呂場でうずくまって震えてばかりだった。
・・・・・・・・・
気が付くと僕は風呂場で倒れていた。体は何ともない。どうやら寝ていたようだ。
パニック障害の発作が起きた時と同じように、痙攣することに体が疲れて寝てしまったんだろう。涙は止まらないがとりあえず服を着るため外に出た。
パニック野郎の声はもうしなかった。諦めたのか、少し休憩しているだけなのか。とにかく頭の中は静かになっていた。
体が無茶苦茶疲れていたので、僕はベッドで泥のように眠った。
・建築の世界との別れ
翌朝はまだ薄暗いうちに目を覚ました。
僕は少し放心状態で、しばらくベッドに座っていた。昨日何があったのかよく覚えていない。
カレンダーを見ると今日は土曜日だ。明日は休み。本来なら一番テンションの上がる一日だ。
しかし、アパートを出ないといけない時間になっても現場に行く気にならない。ズル休みとも違う。何だこの感覚は?
「結局、何も変わらなかったな。」
パニック野郎が突然話しかけてきた。
「もっと出来る奴だと思ってたけどなぁ。お前は死ぬ根性もねえのか。」
その瞬間に昨日の出来事が洪水のように頭の中に押し寄せてきた。昼間の所長とのやり取り、やけ食い、そして包丁を持って風呂場へ・・・
あああああ。怖い。怖い。僕は昨日、生まれて初めて死のうとしていた・・・。
「死ぬ根性もねえのか。」
そうか・・・僕は・・・死ぬことすらできなかったんだ・・・。
目の前の景色がゆっくりと色を失っていった。灰色っぽくなり、やがて黒ずんでいく。
どのくらい時間が経ったのだろうか。アパートの呼び鈴が鳴った。
「ああ、多分、北島さんだ。・・・そうか、今日は現場に行かないと・・・・」
玄関のドア越しに声が聞こえる。
「おーーーい。橙野ーーー。朝やぞーー。お前が遅刻なんて珍しいやんけ。」
「おはようございます。北島さ・・・・・ううっ・・・ううううっっっ・・・・ああああ・・・すいません。すいません。助けてください。今日は行けませんんんん。ああああああ・・・・・もうだめですうううう・・・・・」
自分でも何を喋っているかわからなかった。ただ、北島さんはおおよその事態を察したようで、
「わかった、わかった。とりあえず今日のところはミノルさんには俺から言うとくから。大事にな。月曜日は自分で電話せえよ。な?」
「はいいい。わがりまじだぁ・・・。」
それから一日中、カーテンを閉め切った部屋で落ち込んでいた。
とうとう二回目をやってしまった。会社にも愛想を尽かされるだろう。おわった。
僕は・・・何でこんなに出来ないんだ。いったい何ができるんだ?親に大学まで出してもらったのに、社会のゴミなんじゃないか?生きてる意味あるのか?しかし自分では・・・
「死ぬ根性もねえのか。」
あああ。言わないでぇ。突き付けないでぇ。自分がダメなのはわかってるからぁ。
死にたい。死ねない。助けて。誰か助けて!地獄だ。生きるのは地獄だ。
自分が閉じていくのを感じた。
日曜日の夕方になって両親に電話をした。たぶん助けてほしかったのだと思うけどよく覚えていない。ただ、自分の息子が横浜でヤバい状態だというのは親に伝わったらしい。
僕はまた休職することが決まり、今回は鳥取に強制送還されることになった。一人にしてると何をするかわからないからだ。
僕はここから長く暗い時間を鳥取で過ごすことになる。僕の現場監督としての人生はここで終わった。