Psychoro

パニック野郎と僕物語ーダサい自分と幸せな自分はたぶん両立できる 第21話 「大阪の夜」

作:橙野ユキオ

※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら

 

・とりあえず大阪へ

僕は横浜のアパートで体調が回復するのを待ったが、時間がどうにかしてくれるような状態ではなく、発作が起こってから三日後、大阪に帰ることになった。

そして、休職が長引きそうなことは僕も周りもよく分かっていたので、とりあえず大阪のアパートを引き払って鳥取の実家に帰ることになった。もし大阪にまた戻ってくるなら、また部屋を借りればいい。結構頻繁に戻ってくるかもしれないし。

そう思っていた理由は、由美の存在が大きい。というか、それしかなかったと思う。

由美は僕が休職することになってしまったことをすごく残念だと言っていた。そうならないように自分に出来たことがまだあったんじゃないかと。僕からしてみたら自殺をギリギリで踏み止まったのは由美の存在があったことも大きいので、彼女は十分に僕を助けてくれたし、これからも大切な存在であることに変わりはないと確信していたので、自分を責めないでほしいということを彼女に伝えた。

女性と付き合うのは由美が初めてで、この時二年くらい経っていた。ここからは鳥取と大阪の遠距離恋愛。僕は当然、彼女も遠距離は初めてとのことだった。どうなるかわからないけど、一回目の休職も二人で乗り越えたんだし、きっと何とかなるだろうと思っていた。僕は変なところで楽観的だ。今が楽しければそれがずっと続くと無意識のうちに期待してしまう。

僕は世間の荒波に負け、社会人三年目で二回の休職となってしまった。情けないし恥ずかしい。そんな思いが二十四時間頭の中にあって、何をしていても気持ちが晴れることは無かった。この時の僕にとって仕事や社会というのは「常に厳しいもの」であったので、由美は凄いなといつも思っていた。看護師を十年も続けているなんて凄いなと。僕は由美に頭が上がらない。それは由美の行動や発言が理由ではなく、僕が勝手に、無意識のうちに上がらないのだ。

 

・久しぶりに二人で

父親が運転してくれたトラックに家財道具を詰め込み終わり、次の日には鳥取に帰るという日の夜、僕は由美と食事に出かけた。今までのように気軽に会ったりすることはもう出来なくなってしまう。僕は由美に対して、いつにも増して申し訳ない気持ちだった。

「ユキオ、どこにするぅ?」

「やっぱりあそこじゃないかな?」

梅田のとある商店街を抜けた先にある沖縄料理屋さん。結構大きな店で開店してからまだ新しい。お酒を飲むのが二人とも好きだったので、週末ごとに居酒屋さんを新規開拓している中で見つけたお店だ。店内にはシーサーとかハイビスカスとか沖縄っぽい物がたくさんあって、BGMも沖縄っぽいやつ。

大阪は僕のリズムと比べるとせっかちな人が多く、由美もその一人だ。それが悪いわけではないが、僕はせっかちな人たちに付いて行こうとすると頑張らなくてはならない。頑張った分だけ面白いことがあるから大好きなんだけど、家に帰って一人になるとドッと疲れることもあった。そんな中でこの店は、時間の流れがゆっくりな気がして落ち着ける数少ない場所だった。料理もお酒も美味しく、値段も手ごろだったのでよく二人で通っていた。

「すいませーーーん。泡盛のロック、二つお願いしますーー。」

「はっや。一回落ち着こうよ。女性は最初、カシスオレンジとか飲むんやで。」

「誰がそんなこと言うてたん?」

「この間買った本に書いてあった。女性を喜ばせる100のコツっていう・・・」

「・・・・(爆笑中)・・・・。ああ、お腹痛い。それは男が男に向けて書いてる女への幻想本やわ。」

由美はサバサバしていて恥ずかしがり屋だ。女性っぽい仕草などはあまりしない。だから出会った時から異性を意識して緊張することが少なかったので、僕は自然体に近い状態でいられた。だけど男友達といる時には感じない絶妙な緊張感があった。言うなれば、ものすごく仲のいい上司と一緒にいるような感じ。この時の僕にとって男女交際とは尊敬の上に愛情が乗っかっている状態のものだった。

「そういうユキオの気遣いはめっちゃ嬉しいんやけどな。うちは分かりやすいのでええねん。何かするときは、そういうの読まんと直接聞いてほしいなぁ。」

「それじゃあサプライズにならんやん。マジで男心がわかってないなぁ。」

二人でゴーヤの天ぷらに舌鼓を打つ。しばらくこの味ともお別れか。

「でも思ったより笑ってる感じで安心したわ。引っ越しは手伝えんくてごめんね。」

「ああ、それは全然大丈夫。荷物は割と少なかったし・・・。あの・・・由美・・・」

「待った!今日は楽しく飲む約束やで!!今日は急患の患者さんが多くてホンマに忙しかってんから。」

「ああ、ごめん。仕事、お疲れ様。」

その後も二人で飲んだり食べたりして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。由美は明日も仕事だし、僕は引っ越しだ。二人で泊まることはできなかったので、駅で別れることになった。

「病院はちゃんと行ってんねやろ?」

「うん。薬も毎日飲んでるよ。鳥取でも通院先を探そうと思う。」

「そこは安心してる。ユキオは真面目やから。真面目過ぎんねんなぁ。」

「あのさぁ、由美・・・」

「うん?」

「・・・・また、会えるかなぁ?」

「・・・・・・何言うてんの?うちも鳥取に行くし、ユキオも大阪に来るし、間の神戸とかでも会ったりすんねんで!行きたいとこ、いっぱいあんねんから。」

「そうか。そうだよね。ありがとう。」

「早く病気を治して、いっぱい遊ぼうな。」

 

・この頃ずっと考えていたこと

帰りの電車で僕の乗った車両には誰も乗っていなかった。隅の方の席に腰かけると、頭が勝手に動き始めた。

明日から環境も生活リズムも大きく変わる。僕はこれからどうなるんだろう。どうしたいんだろう。今はいたって普通だけど、いつまた発作が起こるのか・・・。いや、普通だと思っているだけなのかもしれない。わからない。自分のことがわからない。

由美はいつもと変わらなかったな。とてもしっかりしてた。うちの親なんか僕が倒れたって聞いてすごく狼狽してたけど、由美はいつもと同じ。やっぱりプロなんだなぁ。

しばらくは休んでいいみたいだけど、しばらくって何時までかな?その後はどうしたらいいんだろう?ていうか、どうしよう。体は元気だけど、まともに働けない男をまた雇ってくれる企業があるのだろうか?大学の奨学金も返済していかなくてはいけないのに。

お先真っ暗だ。僕は社会のゴミだ。死にたい。

この時期、一番辛かったのは、何について考えても結論は「死にたい」になってしまうことだった。そして死ねないことがわかってさらに落ち込むのである。この一連の思考は意図してやっていることではないので自分では止めようがなく、薬で強制的に眠ることでしか止まらなかった。さすがに寝ている間は考えていなかったと思う。

この時はたしか2009年の12月だったと思う。とても寒かったのを覚えている。僕はこの時26歳だったので、このまま付き合っていくなら結婚も視野に入れなくてはいけない。しかし僕はまともに働けない状態。とてもそんなことを言い出せない。僕は長男だから実家のことも考えなくては。父や母は僕をどう思っているんだろう。

休職してるから体は十分に休養が取れてるのに、頭の中は今まで以上にフル回転していたので、忙しさは全然変わっていないように思った。

とりあえず、明日は引っ越し。それが終わったら・・・・どうなるんだ?・・・考えるな。今は引っ越しのことだけ考えよう。とりあえず、ひっこしだけ、とりあえず・・・。

僕は落ち着いて寝られる日が来ることを本当に待ち望んでいた。

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