Psychoro

パニック野郎と僕物語ーダサい自分と幸せな自分はたぶん両立できる 第17話「涙のクリスマス」

作:橙野ユキオ

※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら

 

・不機嫌が怖い

豊中から姫路に通勤していたこの時期、世間はクリスマスムードで一色になっていました。僕は精神的にとても安定しており、プライベートなイベントをどうしようかと悩んだりすることもできていました。悩みって「自分がいい感じになる悩み」もありますよね。決してネガティブなイメージばかりではないと思います。余談ですが、僕は女性にサプライズをするのがめちゃめちゃ好きです。

しかし、クリスマスを前にして由美は不機嫌でした。前の年に由美からプレゼントされた自転車を僕が駅で盗まれてしまったから。鍵をかけ忘れたかもしれない僕が悪いから、必死に謝ったんだけど、どうしても機嫌が直らない。何日も。クリスマスをきっかけに挽回するしかない。どうしても由美には笑っていてほしい。

20代の僕は自分のことが好きではありませんでした。体型にコンプレックスがあったし、仕事で怒られ過ぎて萎縮しまくっていました。誉められたい。とにかく誉められたい。そしたら自分のことが今より少しは好きになれるかもしれない。24時間その思いが根底にありました。故に、他人の不機嫌が怖い。誰かが不機嫌だったら一刻も早く何とかしようとしました。しかしそれは、相手を思いやっての行動ではなく、自分が誉められる可能性のない空気に耐えられないからでした。

由美は僕が人生で初めて付き合った人です。この人以外に醜い自分を受け入れてくれる人はきっといないだろう。最初で最後のチャンスだ。絶対に失敗できない。そして僕は、由美が常に笑っていられる状況を作ることを目指しました。由美が不機嫌なそぶりを見せようものなら、半分パニック状態で謝り続けました。何が悪いのかもよく分からないままに。

 

・歪な形でガッチリ組み合わさった関係

異常です。当時の僕の心理はこうして列挙してみると異常だなと思います。誰の何が悪いのかわからぬままに謝り続けるってヤバすぎる。当時の僕には「一回落ち着け。」と言ってやりたいです。

由美とは結婚生活も含めて約6年一緒にいましたが、これだけ長い間、歪な僕と居られたということは、彼女もまた、歪な部分があったのだと思います。僕と同じように外見にコンプレックスを持っていたし、自己評価が極端に低い人でした。僕は社会人として彼女を尊敬していましたけど、彼女自身は、「自分は大した人間ではない。」と言っていました。人前で僕が彼女のことを誉めたりすることを嫌いました。照れ隠しだったのかもしれないけど、そういう時の「何言うてんの!」が僕は毎回ショックでした。「誉められたいから誉めてるのに、なんで怒られるの?」と思っていました。

 

・完璧なクリスマスに見えたが・・・

二人で過ごすクリスマスは、順調な滑り出しでした。僕は事前に飾りつけしたアパートの部屋に由美を招き入れました。小さくとも可愛いデコレーションのケーキ、それっぽい音楽、まあまあの値段のシャンパン、3日前から仕込んだチキン、美味しいと評判のパン屋さんで注文したサンドウィッチ。喜んでいる由美の顔を見て僕は安堵しました。プレゼントも抜かりありません。洗面台の引き出しの中にスティッチ(ディズニーのキャラクター)のぬいぐるみが入れてあります。由美がスティッチを好きなことは予め解っていたので、多分喜んでくれるだろう。しかも、ぬいぐるみの手にはスティッチのペンダントヘッドが付いたネックレスが握られているという二段構えだ。あとは頃合いを見て渡せばいい。

どうよ、これ。これ以上ある?彼氏から貰うクリスマスでこれ以上ある?僕はそのとき、油断しきっていました。二人のクリスマスを存分に楽しむつもりでいました。食事が終わり、ケーキを切ろうかどうしようかと話していた時、僕のケータイが鳴りました。大阪に住む同級生の田口くんからでした。お互いに大阪で働いているということで数回飲んだことがありましたが、彼から直接電話がかかってきたのは初めてだったので少し驚きました。

「もしもし?」

「もしもし?ユキオくん?田口だけど分かる?」

「わかるよ、どうしたの?」

「今何してんの?」

「今は彼女とご飯食べてるとこ。」

「そっかぁ。クリスマスやもんなぁ。ところで、正月は鳥取に帰ってくるの?」

「帰ると思うよ。なんで?」

「中学のみんなでさぁ、同窓会しようかって話があるのよ。ユキオくんも来ない?」

僕は学生時代にオタクっぽいグループに属していたので、同窓会など縁のないものと思っていました。田口君は中心的なグループとオタクっぽいグループを行き来する不思議な存在で、みんなと分け隔てなく接してくれる優しい人でした。

「お、おう。行く行く。何人ぐらい来るの?」

「たぶんねぇ、クラスのほとんど全員が来ると思うよ。当時の担任も呼ぶ段取りになってるみたいだから。」

油断しきっている僕は、ここで軽率な発言をしてしまいます。

「じゃあさぁ、Yさんも来るかなぁ?」

Yさんというのは中学の頃に僕が好きだった女の子で、僕の初恋で、ずっと片思いしていた人です。一人暮らしを始めるにあたって、実家から持ってきた物の中に、中学生の時にYさんから貰った年賀状がありました。

『いろいろ苦しいこともあるけど、頑張っていれば良いことあるから頑張ろう!』

その年賀状は僕をそういう気分にさせてくれる魔法のハガキでした。大学受験もこれで乗り越えたし、復職するにあたって気分を一新したかったから持ってきたのです。そして、部屋の片づけをしているときに、由美はその年賀状を見ていたので、Yさんが僕にとってどういう人なのかを知っていました。

「来るんじゃないかなぁ。幹事の子と仲良かったからねぇ。」

「そうだったら嬉しいなぁ。とりあえず同窓会が楽しみだわ。」

「じゃあ、ユキオ君は参加ってことだね。ありがとう。またね。」

「はーい。またね。」

電話を切って部屋に戻ると、真顔で座っている由美がいました。

「お腹もいっぱいやし、明日も早いし、今日は帰るわ。」

明らかに不機嫌でした。なんだ?何が起こったんだ?

「どうしたん?明日は休みだから泊っていくって言うてたやん。何で帰るの?」

「別に。楽しそうに電話してるから、私は邪魔かなと思って。」

どうやら電話の内容が聞こえていたようだ。由美にとって面白くない内容だったようです。

「ああ、同窓会に出席するかどうかっていう確認の電話やったんやって。もう終わったよ。」

「そうなんや。まぁ、今日は帰るわ。」

「だから何で帰るん?もう電話はせえへんって。」

「なんでか解らへんの?!!もういい!!」

由美はアパートを飛び出していきました。慌てて僕も追いかけました。この時僕はもうパニックです。

何でだ?何でこうなった?電話に出たからか?それともYさんの名前を出したからか?何が原因なんだ?言ってくれないと分からないじゃないか!

由美に追いつき、肩を掴みました。

「ちょっと待ってって。何で怒ってんの?さっきまであんなに楽しそうにしてたやん。何なん?続きやろうや!」

「とにかくもう、今日は一緒に居りたくないねんて!付いて来んといて!!今日はもう無理!」

「何でなん?何でなん?電話したからやろ?悪かった!電話したのはホントに悪かったって!!ごめんって!謝るからクリスマスやり直そうや。」

「電話したことじゃない!いいから付いて来んといて!」

「じゃあ何なん?悪かったってホンマに!ごめんって!!」

結局、由美のアパートのエントランスまでこの問答は続き、オートロックのアパートだったため、僕はエントランスで立ち尽くしました。インターホン越しに由美の声が聞こえます。

「今日はもう帰って。あと泣かんといて。周りに迷惑になるから。」

「教えてくれ!何がアカンかったんや?頼む、許してくれ。ごめんよ、ごめんよぉぉぉぉぉ。」

エントランスで号泣しました。夜通しそこで泣いた後、始発で自分のアパートに帰り、着替えて会社に行きました。でも、モヤモヤモヤモヤして何も手につきません。いつも以上に会社で怒られました。

次に会った時、由美の機嫌は直っていましたが、僕がずっと謝っているものだから段々イライラしてきて、また怒らせてしまいました。僕はまた緊張してしんどくなりました。

 

・僕はどうすればよかったのか?

この時、なぜ僕はこんなにも取り乱してしまったのか。それは、準備に対しての結果があまりにもひどいものだったということに他ならない。

ワンミスじゃない?僕が犯したミスって一個ぐらいでしょ?一つのミスでこんなことになてしまうのか。厳しい。恋愛ってなんて厳しいんだ。たったそれだけで、そんなに悪い結果になってしまうんだとしたら、やってられない。しんどい。張り切るんじゃなかった。

泣きながらこんなことを考えていたと思う。要するに、全てが対価ありきの行動だったわけです。由美に笑ってほしいのは自分が笑いたいから。これだけ笑わせたんだから、同じくらい笑わせてくれよ。1秒でも気まずいのは嫌!耐えられない!だから1秒も無いように僕は準備する!!という感じ。そりゃあ、いくら頑張っても落ち着かないよね。空回りすることが多かったのも、それが原因だったと思います。

今でも自分のために行動しているのは変わらないです。ただ、この頃と違うのは、相手の反応はどうでもいいと思っていることです。今は行動自体に楽しさや喜びが伴わなければ、やらないことが多くなってきました。相手が喜んでても、自分がやっててつまんないなと思うことは止めてしまいます。でも、相手の反応がモチベーションになっていることも全くないわけではないので、この頃の自分も少しはまだ僕の中に残っている気がします。

クリスマスの準備をしているとき、本当は準備自体が楽しかったはずなんですよ。そうじゃなきゃ何日も頑張れなかったと思います。「充実して、走り回って、楽しそうだね。」って声をかけてあげたい。由美を裏切るようなことは何もしていないのだから、電話でのことを一回謝ったんなら、後は堂々としていても大丈夫だったはずです。というかそれ以上は何もできない。最終的に由美が怒ってしまったとしても、僕の労力が全部否定されたわけじゃないんだから、素直に帰ってケーキ食べればよかったのになぁ・・・と思い返してます。(実際は、翌日の夜に無の表情でゴミ箱に捨てました)

他人の感情って理論的なものだと思っていたと思います。だから、それまでの喜びに対してわずかな悲しみで上手くいかなかったときにパニックになってしまったんでしょう。「等価交換じゃない!なぜ?」って。でも感情って理屈じゃないんですよねぇ。30代中盤になるまでそんなこともわかっていませんでした。例えば、月経周期の関係で由美がイライラしているとき、僕にはどうすることもできません。できないはずです。しかし当時は「そうは言っても、少しは何とかできるんじゃないか?」と考えて色々やっていました。しかし結局空回りして、怒られて、緊張して、疲弊していました。待つのが怖かった。悪い状況を放置しておくことに耐えられなかった。何もしてないのに良くなるなんて信じられなかった。でも僕に必要だったのは「何もしないで待つこと」だったのです。

今でも「待つ」のは苦手です。だから一人で完結することを好んでやっている節があります。当時との違いは、今は、自分が待つことが苦手だと解っていることです。だから前より待てるようになってきたと思います。今後もあまり「待つ」ことはしたくありません。それでも大丈夫だと思っています。なぜなら僕は今、そこそこ幸せに生かされてますからね。

次回は、「急な出張指令!初めての横浜」です。お楽しみに!

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