立てないんじゃなくて立たない
作:橙野ユキオ建物の完成を間近に控えて、現場の忙しさは、やっと峠を越えた。
日中の業務も随分と少なくなり、定時で現場を閉めると当時に帰ることも多くなった。
建設業界のしきたりかどうかはわからないが、その時の会社は現場が一つ終わると、一週間から十日の休みを取ることが慣例になっていた。
大宮さんは、どこに旅行に行くかという話を毎日のようにしていた。
夕方に現場を点検していたある日、僕は屋上にいた。
なんだか訳の解らないうちに、八か月という時間が過ぎ、更地だった場所には巨大な老人ホームが建っている。
僕は以前、会社の飲み会で、別の現場の担当をしている上司から貰った言葉を思い出していた。
「橙野よ。この仕事はな、とにかく大変なんや。大変やけど、建物が完成したら凄い充実感があんねん。それがあるから、やってるみたいなとこがあるわ。地図に残る仕事ってええ感じの響きやろ?」
充実感、充実感、充実感、、、、、わからない。
この現場で、僕はどんな戦力になっているのか。何のためにここにいるのか。わからない。
一週間休んだら、また新しい現場が待っている。
僕の中で、この天秤は全然釣り合っていない。
ふと空を見上げた時、気が遠くなったと思ったら、僕はその場に倒れてしまった。
この時僕は、立てなかったのではなく立たなかった。
体が疲れていたのは間違いないが、倒れて動けないことはない。
でも何故か、立ちたくなかった。
ずっと何者かになりたかった。
この時僕は「現場で倒れた人」でもいいからなりたかった。
今から考えると、「かまってほしい子供」のようだ。
周りの人にも迷惑をかけるし、心配するし、絶対にやってはいけないことだ。
とても恥ずかしい行動だと思う。本当に当時はどうかしていた。
僕は、ケータイが鳴っても、大宮さんたちが探しに来ても、気が付かないほどにいつの間にか眠っていた。
大宮さんに起こされて、ビックリして、恥ずかしくて、「ありがとうございます」と「すいません」を繰り返しながら、逃げるように帰宅した。
その日はドキドキして眠れないと思ったが、いつの間にか寝ていた。