Psychoro

パニック野郎と僕物語 第12話 「僕は何者?」

作:橙野ユキオ

 

朝日を浴びて目を覚ます。僕のアパートはロフト付きなので天井が高い。高いところから降り注ぐ朝日が気持ちいい。

 

引っ越してしばらくはテンションが高く、ロフトで寝てみたり、床で寝てみたり、はしゃいでいた。新生活を始めて、生まれ変わったような気でいたのだ。

 

病気について根本的な対処方法は見つかっていなかった。天気が悪い時は気分が落ち込んでくるので、その時は大人しくベッドの中で過ごした。決まったルーティーンといえばそれくらい。過呼吸や痙攣が起きたときは薬で血圧を下げ、いつのまにか寝ていることが多かった。

 

由美は元気そうになった僕を見て喜んでいた。僕の本心では、これから自分がどうなっていくのか分からない不安が常にあったけど、由美曰はく、それでも一番ひどい時と比べると顔色が全然マシとのことだった。

 

基本的には健康なのだから、ずっと寝ているわけにもいかない。しかし、何をしたらいいかわからない。したいことはたくさんあったはずなのに。もっとゆっくり寝たいとか、TVゲームをしたいとか、ゆっくり美味しいものを食べたいとか。

 

しかし、いざ時間ができると分かったことだが、時間というのは持ちきれないほどあると、溢れた分が不安に変わっていくのだ。。

 

なので、この時期は由美と二人して刺激を求めた。時間が溢れないように。色々なところに出かけて行って、たくさん話して、たくさん笑った。由美が笑っている時間は自分のことを肯定できたのだと思う。

 

僕は誰かを笑わせている、人の役に立っている、だから時間を持て余しても大丈夫。そんな風に思うことで乗り越える日々。

 

しかし、どんなに使っても時間は溢れた。

 

由美はたぶん、ずっと私を笑わせていてほしいなんて思っていなかったと思う。僕も今ではそんなこと不可能だとわかる。緊張した時間があるからこそ、緩和したときにその瞬間を楽しめるのだから。

 

でもこのころの僕は、他人の真顔が怖くて仕方なかった。静かな時間が怒られる前兆であると信じていたからだと思っていたけど、今考えると違う。本当は違う。周りを楽しませられないことが無能の証明だと思っていたからだ。だから相手のリアクションを通してしか、自分を確認できないのだ。

 

僕の中に俺がずっと存在するのは、この意識があることが原因の一つだと思う。何者でもないうちから、もっと言えば、何者かになる努力をする前から、自分が何者かに成れるはずなのに今はまだ成れていないという現状に焦りまくるのである。

 

感情の赴くままに脳内を駆け回る俺は、僕にとって「何者か」であった。自分の行動を押し通し、周りを屈服させていく姿は、見ていて爽快感さえ感じる瞬間があった。しかし、社会性が全くない。よって最後には俺の行動が間違っていると僕は感じ、俺の代わりに後悔する。

 

彼が原因で僕は現実世界で苦しんでいるのだけれど、なぜか僕が彼を育てていた。

 

パニック野郎とは僕にとって何者なのだろう。イメージに近い言葉は「悪魔」だ。

 

圧倒的存在感、傍若無人、破壊衝動、孤立、剛腕、行動力。それら全部を混ぜて巨大にした者。それが彼だ。

 

どういう訳か、僕はそんな彼になりたかった。

 

自分が普通ではないと感じられる瞬間が欲しかった。僕は普通なのかもしれない。でも、由美には、好きな人には普通と思われたくない。由美に嫌われたくないという気持ちと同じくらい、由美に嫌われてしまうような人間だと実感したくない。

 

元々は会社での人間関係の中からパニック野郎は生まれた。でも仕事以外の部分にも彼は影響を与え始めていた。

 

由美との関係は、笑顔の中でどんどん研ぎ澄まされていった。

 

そうこうしているうちに、日に日に僕のテンションは高くなっていき、遂には復職することを決めた。

 

「出来るんだ。僕は出来るんだ!出来ないはずがない!!」

 

目を見開いて自分に言い聞かせた。復職の気まずさを興奮が押さえ込んでいた。

 

三週間ぶりに現場に行く復帰の日の朝。通勤中、iPodからは関ジャニ∞が流れていた。

 

♪~ 気張ってこ~~~ぜ!イェイ!イェイ!イェイ!張り切ってこ~~~ぜ!ほら!ブンブン!! ~♪

 

「僕は社会のゴミじゃない!出来ない奴だと思われるのは死んでも嫌だ!」

 

♪~ 上がってこ~~~ぜ!イェイ!イェイ!イェイ!  ズッコケ男道~~~ ~♪

 

「うぉあおぁああああああ!」

 

自転車の上で声にならない声が出た。この時はこのテンションで一生いけると本気で信じていた。

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