Psychoro

パニック野郎と僕物語ーダサい自分と幸せな自分はたぶん両立できる 第16話「住民説明会本番!」

作:橙野ユキオ

※この物語の概要と作者が伝えたいことはこちら

 

・初めて感じた手ごたえ

住民説明会の日は三日後に迫っていた。僕はなんとかパワーポイントの資料作りを終えつつあった。

写真を撮ったり加工したり、アニメーションを付けたり、グラフを描いたり。大学の卒業論文発表のために四苦八苦した経験が、まさかこんな形で役立つとは。人生はわからないものである。

建築の知識がない住民の方でも工事の工程がわかりやすいようにするということを一番に心がけた。ぶっちゃけ、うちの会社が受注できるかどうかは営業さんが出す入札金額によるのだろうけど、その時の僕にはそんなの関係なかった。就職して初めて、仕事に手ごたえを感じていたからだ。

「どう?進んでる?」

福田さんが声をかけてきた。本当に細かく僕のことを気にかけてくれて、一緒に仕事をしている感じがした。特別に打ち合わせなどしなくても、意思疎通がスムーズだった。

「はい。もうすぐ終わりです。最後にもう一度チェックしてもらえますか?」

「よっしゃ。じゃあ、明日の朝一でチェックしよか。会議室に準備しといて。」

「わかりました。」

 

・いい感じじゃない?

翌日、会社の会議室でプロジェクターの準備をしていると、会議室に誰か入ってきた。振り返る前にわかった。地を踏みしめるようなノシノシとした足音は一人しかいない。

「千波次長、おはようございます。今日は早いですね。どうされたんですか?」

「儂がいっつも遅いみたいやないか。遅刻はせえへんのよ、儂は。」

「ああ!すいません!!そういうつもりじゃなかったんですけど。」

「いやいや、冗談やって。」

僕は冗談を冗談として相手に返すのが苦手だ。怒られるとストレスが溜まるのが嫌なのと、相手が本気か冗談か見極めるのにめちゃくちゃエネルギーを使うので、面倒くさいのだ。全部本気で返すのは決して真面目だからではない。

「あの・・・それで・・・今日はどうされたんですか?」

「説明会の練習するんやったら、観客がいるやろ?」

そう言うと千波次長はプロジェクターの前に椅子を出してドカッと座った。この人はやはり新しいものが好きなのだ。スクリーンとプロジェクターをまじまじと観察している。そうこうしていると、福田さんが入ってきて、千波次長に軍隊みたいな挨拶をして練習は始まった。

発表は福田さんがする。僕は福田さんの言葉に合わせてパソコンを操作する係だ。プレゼン時間も決まっていたので、ストップウォッチを使いながら本番さながら。少し緊張したが何とか時間内に終わった。

閻魔大王の顔は厳しいままだった。何を考えているのか全然読めない。一分くらいの沈黙の後、千波次長は目を見開いた。

「いい感じじゃない?」

僕と福田さんは顔を見合わせて安堵した。千波次長は滅多に部下を誉めない。ふざけながら絡んでくるけど、仕事の時はだいたい誰もが怒られていた。だから余計に嬉しかった。

それからは本番に向けて怖いものは無かった。閻魔大王の前で練習したのだから。本番も非常にリラックスして臨めた。そしてあっさり受注が決まった。僕らは翌月からの改修工事に向けて準備を始めた。

 

・誉めるのは難しい

今思い返してみると、この時の千波次長の立ち回りはすごい上手だったなと思う。今は父の会社で管理職をやっているが、管理職をやっていると部下との距離感に悩むことが多い。ナメられると統制が取れないし、怖がられると情報が瞬時に上がってこないからだ。

誉めると距離感を縮めやすい。しかし、誉めるというのは諸刃の剣で、効果は抜群だが的外れなところを誉めると相手の信用を少し失う気がする。

「この人、全然わかってないな。」

ってなっちゃう。僕もそういう風に思ったことがあるから、他の人もきっとそうだと思う。千波次長はきっとプレゼン資料を準備している僕らをよく観察していて、気合入れてやってる雰囲気を感じ取り、実際に見てみて、資料の出来が自分で納得いくものだったから誉めたんだろう。

僕は、「今日は誉めよう!」って決め打ちでコミュニケーションを取りがちだ。やっぱりちゃんと自分でも納得してから誉めないと相手にも伝わっちゃうんだろうな。千波次長は怖くて苦手だったけど、管理職として見習うべきところはたくさんあったな。

 

第16話はここまで!!次回、『仕事が順調だと思ったら今度はプライベートで波乱!?インターホンの前で泣きながら迎えたクリスマス!!』をお届けします。お楽しみに!!

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