Psychoro

パニック野郎と僕物語 第8話 「ちゃんとした大人」

作:橙野ユキオ

 

 風邪で欠勤したことになっているため、寮に帰ると僕はすぐに布団に入った。身体はずっと元気なだったが、心臓がずっと誰かに握られてるような、鈍い苦しさはずっと残ったままだった。苦しさを感じないのは、ご飯を食べている時だけだったので、コンビニで美味しそうな物を片っ端から買う生活が始まることになる。 

 

 「ズル休みをしてしまった。明日は行かなきゃ。みんな忙しいのに・・・」 

 

 明日しなければならないことを、布団の中で考える。身体はずっと緊張していて疲れているのに眠れない。いや、寝たくない。瞼を閉じて、また開いたら朝になってしまうから。それがなぜか怖かった。 

 

 大宮さんと話すことを想像すると緊張してしまう。最初はそれだけだったのに、イライラしたり怖くなったりする対象がどんどん増えていくようだ。 

 

「あの設計事務所の若いやつムカつくよなぁ。」 

「最初は俺と同じで怒られて大変だなって思ってたけど、自分の描いた図面が悪いくせに、こっちに責任転嫁してくるから。」 

「こっちの気も知らないで五月蠅いんだよ。あぁ~~~~。殺してぇ。」 

 

身体がいつの間にか痙攣していた。呼吸も浅く早い。由美のいない寮で症状が出てしまった。どうすればいい??? 

 

「一回キレて、ぶん殴ればいいんだよ。お前、体重あるから結構いいパンチだぞ。あの若いやつ、ヒョロヒョロだから、事務所の窓を突き破って、二階から落ちるな、たぶん。」 

んふふふふふ。想像したらめちゃめちゃ気持ちいぜぇ~~。」 

 

それからずっと頭の中では設計事務所の若手社員さんを血まみれに殴る映像が繰り返し流れ続けていた。心臓はどんどん苦しくなる。しかし、止められないし止まらない。 

 

「お前、今まで一回もキレたことないよな?小学校の時いじめられた時も、ファミコンのカセットを借りパクされた時も、今回も。何でなの?」 

怒り方、キレ方を知らないまま大人になってしまった。彼はその副産物なのだろうか。そういえば、反抗期も無かった気がする。 

 

「暴力は良くない。ちゃんとした大人はそんなことしない。冷静に話し合って問題を解決するんだ。」 

「ちゃんとした大人ってなんだよ。ちゃんとした大人は夜中にこんなに苦しいのか?」 

「うるさい!周りのために僕は・・・」 

「誰も見てねぇよ。お前のそんな深いとこは。」 

 

僕は今でも疑問だ。自分と他人はどこまで分かり合えるのだろう。どこまで扉を開けるべきなのだろう。どこまで開けたことを知らせるべきなのだろう。 

 

翌朝、着替えようとするとまた痙攣と過呼吸が始まるので、出勤できなかった。そして電話し終わると、また元気になった。 

 

あいつは何も言ってこない。二回も出てきたのなら偶然じゃない。僕の頭の中に誰かいる。とても乱暴で粗野なやつが。あれは一体誰なんだ? 

 

彼の名前を仮に『パニック野郎』と名付ける。当時は名前など付けていなかったが、これから度々登場するので、便宜上、そう名付ける。僕と彼との間に境界線は無い。彼と僕は同じだという意識は常にある。彼はいつも僕の気持ちを代弁してくれる。そして、いつも僕を傷つける。 

 

次の日、何とか出勤した。このままズルズル休みたくはなかったので、意地だった。大宮さんはいつもと変わらず元気だった。僕はどんな顔をしていたんだろうか?よく覚えていない。 

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